ビートルズの名曲『The Long And Winding Road』の2種類のバージョンを聞き比べてほしい。(この他にもバージョンがあるのだが)
- The Long And Winding Road / Let It Be収録バージョン
- The Long And Winding Road / Naked収録バージョン
『The Long And Winding Road』はLet It Be収録のものが世間にリリースされた。(1970年)
これはプロデューサーのPhil Spectorが大胆に介入し、ビートルズ内でも賛否が激しく分かれた。
Phil Spectorの十八番の「Wall Of Sound」の手法でもって、オーケストラと合唱団をオーヴァーダビングされ、ゴージャスなバージョンとなっている。
ポール・マッカートニーは上記の不評を抱えており、かなりの年月を越えて『Let It Be... Naked』(2003年)としてアレンジ前のバージョンが収録されてリリースされることとなった。
Naked版が、Phil Spectorによるアレンジがされる前の素のバージョンである。
Wall Of Sound
当時、Phil Spectorはプロデューサーながらその手腕のため、作曲家や歌手よりも有名になっていた。
その中核となる手法が「Wall Of Sound」であり、この手法はBrian Wilson(Beach Boys)やBruce Springsteen、日本でも大瀧詠一や山下達郎に影響を与えている。
(EnyaのアレンジャーNicky Ryanも影響を受けていると聞き、そういえばEnyaも分析してみたいことを思い出した。)
Phil Spectorは60年代にこの手法を駆使してヒットを連発していく。
「Wall Of Sound」はよく「同じ音を重ね、音の壁のような分厚く迫力のあるサウンド」と言われるものである。
Phil Spectorは一つの塊としての音に拘ったため、必然的にモノラルサウンドになってくる。
- The Crystals - Da Doo Ron Ron
ハイテクになる現代録音
おさらいになるが、モノラル(単一)は1つのマイクで録音された音、あるいは1つのスピーカーで再生する方法であり、ステレオ(立体的)は複数のスピーカーによって立体感・臨場感が得られるように再生する方式である。
劇的な進化は60年代で、テープ/レコーダーがモノラル(1トラック)からステレオ(2トラック)、さらにそれが4トラック・8トラックと増えていき、70年代には32トラックにまで到達した。
1992年頃にMDが普及するとともにデジタル録音が主流となり、
加えて90年代後半のDAWの普及により、作曲がデジタル化・民主化・記号化され、ピッチ補正、間違った部分の違和感ない編集、後からの音色や歪などの加工などと無限にも思えるほど拡張され、完全にレコーディングは作曲工程の一部に過ぎなくなった。
さて、この問題については別途言及するとして、ここで注目しておきたいのは「音数の肥大化」についてである。
この向きによって考えられるのは「とりあえずトラック数が多ければ凄いんじゃね」というパターンが一つの極としてありえるだろう。
実際にKing Gnuがトラック数が最低でも70、300いったりもすることについて言及し、話題になったりもした。
勿論、凡人がどれだけトラック数や音数を増やしたところで、3つの声部だけで作られているはずのビル・エヴァンス・トリオの足元にも及ぶことはない。
サウンドはそんな単純でヌルいものではないからだ。(実際、熟練の音楽家は空間を上手く使う。)
結論は…保留
Wall Of Soundの作品を聴いてみて超マルチトラックな現代の作品と比べて退屈と感じるかといえば、全くそうでない。
むしろ骨董品を楽しむような絶妙な距離感、ミニチュア感があり、非常に面白い。
もっとも例に挙げた『The Long And Winding Road』はどのバージョンも完璧だとは思っていないので、どのバージョンが一番いいとも断言できないが。
今回の思索はこれだけでは終わりそうにないので、また続くこととなる。